いつも何かを探している
正体不明の何か
私はいつも何かを探している。私と言えば「・・・」だよね。
という「・・・」。
それが何かは分からない。熱中できる何か、私を表す何か、私という人生を通して見えてくる何か。
その何かをいつも探している。あるときはアロマを勉強したり、あるときはアクセサリーを販売したり、あるときはFPの資格をとったり、あるときは刺繍をしたり、あるときはパンを作ったり・・・。
でもやっぱりどれも続かなくて。どれも好きなんだけど、どれも好きじゃない。
何かに当てはまらない。
でももともとそんな何かはなくって、存在しなくって、なんでもいいから何かを続けて、気がついたらその「・・・」になっていて。
好きなことに熱中するってそういうことで。でも好きって思うまで続かなくて。
母みたいになりたくなくて、母みたいになっている
私が小さい頃からパートで働いていた母は、借金まみれの父親に苦労しながら日々を送っていた。子供三人、大学に行かせなきゃいけないし、借金も返さなくちゃいけなくて。そんな母みたいになりたくなかった。
かっこ悪かったのかもしれない。結局は手に職がない女は離婚することもできなくて。イヤイヤ父と一緒にいて、それでも扶養から外れることはなくて。
子供が巣立ったあとも、まぁ借金は返し終わって、パートで働いて、なんとなく日々を楽しく過ごしている。
本当にお疲れ様。という言葉が浮かんでくる一方で、かわいそうとも思うし、やっぱり私はこうはなりたくないよって思う。
でも気がつくと同じ道を歩んでいる気がする。
何も持っていない自分。結局いまは妊活中で年内は働かないって決めたから扶養内でいるけど。。毎日何にもしてない。何かはしているけど、冒頭の「・・・」ではなくって、日々ただ生きている。
小さい頃から父親や兄弟にいろいろあったから、まずはただ生きること。体と心の健康が一番大事だと思っていた。今もそう思っている。
体と心の健康がなければ、その先はないから。
いつもどんなときも、この2つを忘れちゃいけないと思っている。
痛いほど感じている。
何をするのにでもすぐに結果を求めてしまう。
上手くならない自分、必要とされていない自分。
自己否定が強いから、結果が出ないとすぐに諦めてしまう。
でも結局は興味があることしかできないし、やりたくない。
だったらそれをずっとできるように頑張るしかない。
母みたいになりたくないんだったら、ならない努力をしなくちゃいけない。
焦らずに、ゆっくりと。